
介護の担い手は日々、高齢化の進展による利用者増と人手不足、繁雑な書類業務に直面しています。行政や現場が抱える“やらねばならない”業務を軽減し、生活支援の質を高めるには、デジタル化の推進が不可欠です。そこで厚生労働省が打ち出したのが、「介護情報基盤」と「ケアプランデータ連携システム」の整備です。この二つの仕組みは、分断された情報をつなぎ、介護サービス提供のあり方を根本から変えようとしています。
高齢化社会と現場のジレンマ
日本の高齢化率は世界に類を見ないスピードで上昇し、2025年以降は要介護認定者もさらに増加すると予想されます。一方、介護職員の確保は難航し、業務量に対して人手が追いつかない状況が続いているのが実情です。
- 書類作成や連絡調整に追われ、本来の「対人ケア」に充てられる時間が減少
- ケアプランの更新や実績報告が紙ベースで運用され、二重入力や郵送の手間が常態化
- 市町村ごとにシステム環境が異なり、介護保険サービス事業所同士の情報共有が困難
これらの負荷と非効率が、介護サービスの質的低下と職員の離職率上昇を招く悪循環を生んでいます。
介護情報基盤:現場をつなぐ土台
「介護情報基盤」は、介護分野におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の基盤となるインフラです。各事業所や自治体で散在する利用者情報・ケア記録を電子的に一元管理し、関係機関が安全かつ迅速にアクセスできる環境を構築します。
- 利用者の介護履歴やアセスメント結果をオンライン上で共有
- 電子カルテや記録ソフトと連携し、二重入力の解消
- 標準化されたフォーマットによる記録で、サービス間の連携をスムーズに
この基盤によって、介護現場はリアルタイムに情報を参照・更新できるようになり、職員間や医療機関との連携が飛躍的に高まります。
ケアプランデータ連携システム:見える化がもたらす協働
「ケアプランデータ連携システム」は、居宅介護支援事業所をはじめ、訪問介護・訪問看護など異なるサービス提供事業所間で、ケアプランの計画情報・実績情報を電子的にやり取りする仕組みです。これまで紙でやり取りしていたケアプランは、瞬時に「見える化」され、チーム全体で共有・検証できます。
- ケアマネジャーが作成したプランを介護職員がスマホやタブレットで閲覧
- 実施状況の記録も同画面上でリアルタイムに入力・確認
- 利用者の状態変化に応じた迅速なプラン修正が可能
このシステムは、個々のサービス提供者がバラバラに管理していた情報をひとつにつなげ、利用者中心の一貫したケアを実現します。
2025年8月時点の導入状況と見える成果
2025年8月末時点で全国の事業所利用率は約7.2%ですが、導入事業所からは既に具体的な効果が報告されています。
- 紙の使用量が従来の1/5に減少
- 各事業所間の連絡調整にかかる巡回時間が1/3に短縮
- 実績報告作業時間が大幅に削減(2人で1日かかっていた作業が1人半日で完了可能に)
- 業務コスト軽減、職員の心理的負担軽減、ワークライフバランスの改善
これらの成果は効率化だけでなく、ケアの質向上にも寄与すると期待されています。
統合化への道筋:2028年4月1日を目指して
現在「介護情報基盤」と「ケアプランデータ連携システム」は別々に整備が進められていますが、2028年4月1日までに両者の統合を完了させる計画です。統合プラットフォーム上で
- ケアプラン作成から実績報告まで一元管理
- Webサービス上でのデータ閲覧・蓄積・連携をシームレスに
- 利用者や自治体、事業所、医療機関間の情報共有を格段にスムーズに
といった環境を整え、全国の介護関係者が同じ土俵でデジタルケアを展開できる世界を目指します。
乗り越えるべき課題
大きな変革には必ず壁があります。とくに自治体間のデジタルリテラシー格差や、ケア記録フォーマットのさらなる標準化、システム導入にかかる時間・労力は解決すべき重要項目です。
- 自治体・事業所による準備状況のばらつき
- 業務フロー変更に伴う現場の人材教育・サポート体制
- システム導入後の保守・運用コスト
- 利用者のプライバシー保護とセキュリティ確保
これらを一つひとつクリアしながら、国は財政・技術面の支援を強化していきます。
デジタル技術が拓く未来のケア
ケアDX(デジタルトランスフォーメーション)は、単なる「デジタルツール導入」ではありません。誰もが安心して利用でき、人と人のつながりを見守り支える社会を実現する一歩です。記録に追われる時間を減らし、その分を利用者との対話や観察に費やすことで、“人にしかできないケア”の本質に立ち返る。テクノロジーは、ケアをよりきめ細かく、より温かいものへと進化させる道具なのです。
まとめにかえて
介護分野のDXはまだ途上です。しかし、介護情報基盤とケアプランデータ連携システムの整備によって、既に多くの現場で確かな手応えが生まれています。2028年というゴールに向けて、行政と現場が一体となり、ICTを活かした新しいケアの形を模索し続ける。その先にあるのは、人間らしい豊かな暮らしを支える介護の未来です。私たち一人ひとりが、この挑戦の当事者として、現場の声を上げ、知恵を出し合うことが求められています。
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