
「社会保障」「介護」「年金」「働き方改革」…。
ニュースや授業で耳にするけれど、どこか遠い世界の話のように感じていませんか?
「難しそうだし、まだ自分には関係ないかな」
そう思っている君にこそ、届けたいメッセージがあります。
国が毎年発行している「厚生労働白書」。これまでは、どちらかというと専門家や行政関係者向けというイメージでした。しかし、今年発表された令和7年版の厚生労働白書は、全く違うんです。
そのタイトルは、
「次世代の主役となる若者の皆さんへ―――変化する社会における社会保障・労働施策の役割を知る――」。
そう、この白書は、明確に『私たち若者に向けて書かれた、未来を生き抜くための「ガイドブック」』なのです。
なぜ今、国は私たちに語りかけているのでしょうか? そこには、日本社会が直面している大きな変化と、君自身の未来に深く関わる切実な理由があります。この記事では、白書の内容を紐解きながら、君の人生という物語の「お守り」になる大切な知識を、一緒に学んでいきたいと思います。
第1章:なぜ今、「若者」なのか? 白書に込められたメッセージの背景
この白書が、これまでの慣例を破ってまで若者に焦点を当てたのには、無視できない3つの大きな社会的背景があります。
1. 誰も経験したことのない「人口減少・超高齢社会」の到来
日本は今、歴史的な転換期にいます。総人口は2008年をピークに減少し始め、一方で65歳以上の高齢者の割合(高齢化率)は急激に上昇しています。2050年には、日本の総人口は約1億469万人にまで減少し、高齢化率は37.1%に達すると予測されています。
これは、社会保障制度の根幹を揺るがす大きな変化です。年金や医療、介護といった社会保障は、主に現役世代が納める保険料で高齢者世代を支える「世代間の支え合い」で成り立っています。このバランスが大きく変わっていく中で、制度を持続可能なものにしていくためには、これから社会の中心を担う私たち若者が、制度の仕組みや意義を正しく理解し、当事者として考えていくことが不可欠だからです。
2. 18歳から「大人」。自由と責任の時代へ
2022年4月から、成年年齢が18歳に引き下げられました。これは、高校在学中であっても、親の同意なく一人で契約を結べるようになるなど、自由な選択肢が広がることを意味します。
しかし、それは同時に、自分の選択に「責任」が伴うことも意味します。人生には、予期せぬ病気や怪我、失業、労働トラブルなど、様々なリスクが待ち受けています。そんな時、「知らなかった」では済まされない場面が出てくるかもしれません。社会保障や労働のルールは、そんな万が一の時に君自身を守ってくれるセーフティネットです。その存在と使い方を知っておくことは、自由を謳歌し、自立した一人の大人として生きていくための必須知識なのです。
3. 希薄化する「つながり」と、社会で支えることの重要性
かつての日本では、家族や親族、近所付き合いといった血縁・地縁による強い「支え合い」の機能がありました。しかし、都市部への人口集中や核家族化が進み、地域のつながりは次第に希薄になっています。
家族や地域に頼ることが難しくなった現代社会において、その支え合いの機能を社会全体で肩代わりしているのが、他ならぬ社会保障制度なのです。この白書は、私たちに「一人で抱え込まなくていいんだよ」と教えてくれています。
第2章:君の人生のあらゆる場面に寄り添う「社会保障」という羅針盤
「社会保障」と一言で言っても、実はとても幅広く、私たちの人生のあらゆるステージに関わっています。白書では、主に4つの柱で説明されています。
- 社会保険:病気やケガ(医療保険)、老後や障害(年金保険)、介護が必要になった時(介護保険)、失業した時(雇用保険)、仕事中の事故(労災保険)など、万が一のリスクにみんなで備える仕組みです。
- 社会福祉:障害のある方や子育て世帯など、社会生活を送る上で困難に直面する人々を支援する制度です。
- 公的扶助:生活に困窮する方に対し、最低限度の生活を保障し、自立を助ける生活保護制度などです。
- 保健医療・公衆衛生:病気の予防や健康づくり、感染症対策など、国民が健康に暮らせるための基盤を支える仕組みです。
もし、社会保障がなかったとしたら…?
この制度のありがたみは、普段はなかなか実感しにくいかもしれません。そこで、白書で示されている例を参考に、「もしも」の世界を想像してみましょう。
【もし、介護保険制度がなかったら】
大好きなおじいちゃんが、ある日突然、介護が必要な状態になったとします。もし介護保険がなければ、その介護はすべて家族が担うことになります。遠くに住んでいれば、仕事を辞めて地元に戻らなければならないかもしれません。介護にかかる費用もすべて自己負担となり、経済的にも精神的にも追い詰められてしまう可能性があります。
しかし、介護保険制度があるおかげで、私たちは費用の1割~3割の負担で、ホームヘルパーやデイサービスといった専門的なサポートを受けることができます。これは、介護を「家族の問題」から「社会全体で支える課題」へと転換させた、非常に重要な仕組みなのです。
【もし、年金が「老後のためだけ」だと思っていたら】
「年金なんて、どうせ自分たちの頃にはもらえないんでしょ?」そんな風に思っていませんかしかし、年金の役割は老後の生活保障だけではありません。
白書では、大学時代に部活動の事故で片足を失い、障害年金に支えられた方のエッセイが紹介されています。彼は、20歳になった時に母親がきちんと「学生納付特例」の手続きをしてくれていたおかげで、障害年金を受け取ることができました。もし保険料が未納のままだったら、彼は経済的にもっと厳しい状況に追い込まれていたかもしれません。
また、父親を事故で亡くした高校生が、遺族年金のおかげで大学進学の夢を諦めずに済んだというエピソードも紹介されています。
年金は、予期せぬ事故や病気、家族との死別といった、現役世代に起こりうる「万が一」にも備えるための、社会全体の保険なのです。
第3章:「働く」ということ。君の権利と尊厳を守るために
アルバイトは、社会に出るための第一歩。しかし、そこには楽しいことだけでなく、様々なトラブルの可能性も潜んでいます。この白書は、働くすべての若者に、自分の権利と尊厳を守るための知識を持つことの重要性を教えてくれます。
かつての過酷な労働から学ぶ
今でこそ、労働時間や休憩、最低賃金といったルールが法律で定められていますが、かつてはそうではありませんでした。白書では、明治時代の紡績工場で働く女性たちの過酷な実態を描いた『女工哀史』などのルポルタージュが引用されています。低賃金での長時間労働、不衛生な環境、罰金や懲罰といった人権侵害がまかり通っていたのです。
私たちが今、当たり前のように享受している「働くルール」は、こうした歴史の上にある、先人たちが勝ち取ってきた大切な権利なのです。
アルバイトでも君は守られている!
アルバイトであっても、君は労働基準法という法律で守られています。
- 1日の労働時間が6時間を超えるなら45分以上、8時間を超えるなら1時間以上の休憩をもらう権利があります。
- 1日8時間、週40時間を超えて働いた分は、割増賃金(残業代)が支払われなければなりません。
- 仕事が原因でケガをした場合は、労災保険を使って治療を受けることができます。
もし、「おかしいな?」と感じることがあったら、一人で悩まずに、全国の労働局や労働基準監督署内にある「総合労働相談コーナー」に相談してください。無料で、秘密厳守で対応してくれます 26。
第4章:地域で支え合う未来へ。君が社会の当事者になるということ
この白書が描く未来は、単に制度を知って利用するだけではありません。私たち一人ひとりが社会の構成員として、「共に支え合う社会」、すなわち「地域共生社会」を創っていく当事者になることを呼びかけています 。
ヤングケアラー問題を「自分事」として考える
家族の介護や世話を過度に担う子どもたち、ヤングケアラーの問題は、まさに「支え合い」のあり方が問われる課題です。白書では、神戸市や豊橋市が、学校や地域の専門機関と連携し、ヤングケアラー本人やその家族を孤立させないための先進的な取り組みを行っている事例が紹介されています。
もし君の友人が悩んでいたら、話を聞いてあげること、そして「相談できる場所があるよ」と伝えてあげることが、大きな支えになるかもしれません。
障害のある方と共に創る、新しい価値
熊本県の東海大学の学生たちが、障害のある方々と連携して農産物を販売したり、地域の清掃活動を行ったりする「農福連携」の事例も非常に示唆に富んでいます。学生たちは活動を通して、「支援しているという感覚はなく、むしろ僕らが支援してもらっている」「助け合いということなのかも」と語っています。
これは、誰かが一方的に「支える側」で、誰かが「支えられる側」なのではなく、誰もがそれぞれの役割を持ち、互いに貢献し合える社会の可能性を示しています。
結び:未来への羅針盤を、その手に
この長い記事をここまで読んでくれた君は、もう社会保障や労働のルールが「自分とは関係ない遠い話」ではないことを、きっと感じてくれているはずです。
令和7年版厚生労働白書は、私たち若者への力強いエールです。
「君たちの未来は、決して暗いだけではない。社会には、君たちを守り、支える仕組みがある。だから、まずはそれを『知る』ことから始めてほしい。そして、その知識を羅針盤として、自分自身の人生を、そして私たちが生きる社会を、より良いものへと創っていってほしい」
そんなメッセージが込められています。
この白書で紹介されているすべての制度やデータを暗記する必要はありません。大切なのは、
困ったときに一人で抱え込まず、誰かに、あるいは社会に助けを求めることができるということを知っておくことです。そして、自分の周りに困っている人がいたら、そっと手を差し伸べられる優しさを持つことです。
君の未来は、無限の可能性に満ちています。その可能性を最大限に花開かせるために、この「お守り」とも言える知識を、ぜひ心の片隅に置いておいてください。
君の一歩が、君自身の未来を、そして社会の未来を創っていきます。



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