ひろゆき氏の問いに、データと構造で向き合う。介護職の「賃金」と「価値」を客観的に考える

YouTubeで著名なひろゆき氏が、介護の仕事について述べた見解は、多くの人々の関心を引きました。「介護職の給料が上がらないのは、税金から出る仕事だから」という彼のシンプルな断言は、その明快さゆえに「一理ある」と多くの共感を呼んでいます。この発言は、介護職という仕事がなぜ低賃金のイメージを持たれがちなのかという、社会的な問いを改めて突きつけました。しかし、この一言だけで介護業界のすべてを語ることはできるのでしょうか。

今回の記事では、ひろゆき氏の見解は鋭い問いとして捉え、その背後にある構造的課題を深く掘り下げます。介護職の賃金を取り巻く問題は、公的制度、労働市場、そして社会的な認識といった多層的な要因が複雑に絡み合って生じています。本稿では、客観的なデータと専門的な知見に基づき、介護職の「お金」と「価値」について、多角的な視点から考察します。

1.1 「税金から出る仕事だから」という構造的真実

ひろゆき氏が指摘した「税金」という側面は、日本の介護保険制度の根幹である「介護報酬」に直結しています。介護サービス事業者が利用者に対してサービスを提供した場合、その対価として支払われる介護報酬は、原則として7割から9割が介護保険から、残りの1割から3割が利用者の自己負担によって賄われています。この介護報酬は、厚生労働大臣が定める基準によって算定され、3年ごとに見直しが行われます。

この公定価格制度が、介護職の賃金水準に大きな影響を与えています。一般の市場経済では、需要と供給のバランスや競争原理によって価格や賃金が変動します。しかし、介護業界では、給与の原資となる介護報酬が国によって一律に定められているため、事業者が独自に大幅な賃上げを行うことは本質的に難しい構造になっています。ひろゆき氏の「納税者が納得しない」という指摘は、この公定価格のジレンマを的確に突いています。介護サービスは公共性の高い事業であるため、その運営費用は国民の税金や保険料によって支えられています。もし介護職の給与が際立って高くなれば、納税者から「なぜ自分たちの給料より高いのか」という不満が生じかねないという、社会的・政治的な制約が存在するのです。

1.2 「誰でもできる仕事」という認識の功罪

ひろゆき氏の「未経験の人でも可能」という発言は、介護職の現状の一面を捉えています。確かに、介護職は特別な資格がなくても就業できる求人が多く存在します。この参入障壁の低さは、人材確保の面ではプラスに働く一方で、「誰でもできる=専門性が低い」という誤った社会的認識を生み出す一因ともなっています。

しかし、この認識は、介護職の専門的な側面を大きく見過ごしています。介護福祉士は国家資格であり、その取得には高度な知識と実務経験が求められます。また、資格の有無にかかわらず、実際の介護現場では、利用者の人生の最期に寄り添い、人間らしい生活を支えるという深い精神的・倫理的な側面があります。特に、認知症ケア、命の危険を伴う転倒リスクの管理、看取りといった業務には、高度な判断力と専門的なスキルが必要です。これらの専門性は、一般的な「お世話」という言葉では到底語り尽くせないものです。ひろゆき氏のシンプルな発言は、こうした見えにくい専門性を社会に改めて問い直すきっかけを与えてくれたとも言えるでしょう。

2.1 賃金実態の多層性:一律の議論の限界

ひろゆき氏の発言は、介護職全体が低賃金であるというイメージを強化しがちですが、客観的なデータは、介護職の給与が資格、勤務形態、地域、施設によって大きく異なる多層的な実態を示しています。

「介護従事者処遇状況等調査」によると、令和6年9月時点の介護福祉士の平均給与額は35万50円で、年収に換算すると約420万円になります。これに対し、無資格者の平均給与は29万620円であり、介護福祉士との月収差は約5万円に上ります。この事実は、介護職が「誰でもできる仕事」ではなく、資格取得や専門性の向上によって収入が増加する明確なキャリアパスが存在する専門職であることを示しています。

さらに、給与は働き方や地域によっても大きく変動します。夜勤手当が付く介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)では平均給与が36万1,860円である一方、通所介護施設(デイサービス)は29万4,440円と、約6万7,000円の差があります。また、訪問介護は、働き方や提供サービスの内容によっては高賃金が得られる可能性も指摘されています。地域差も顕著で、東京都の平均月収が約24万4,000円であるのに対し、青森県では約19万5,000円と、約4万8,000円の開きがあります。

ひろゆき氏のシンプルな見解だけでは、このような介護職の給与の多様な実態を捉えきれません。単純に「介護職の給料は上がらない」と論じるだけでは不十分であり、資格取得や働き方、地域選択が個人の収入向上に直結するという、より詳細な議論が必要となります。

以下に、介護職員の平均給与に関する具体的なデータをまとめます。

表1:介護職員の平均給与と年収(資格・施設形態別)

区分平均給与(月額)年収換算
資格別
介護福祉士35万50円420万600円
無資格者29万620円348万7,440円
施設形態別
介護老人福祉施設36万1,860円434万2,320円
訪問介護事業所34万9,740円419万6,880円
通所介護施設29万4,440円353万3,280円
特定施設入居者生活介護36万1,000円433万2,000円
認知症対応型共同生活介護30万2,010円362万4,120円
出典: 厚生労働省「介護従事者処遇状況等調査」、公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査」

2.2 離職率のファクトチェック:本当に「ブラック」なのか?

介護職に対する「きつい」「ブラック」というイメージは根強く、それが高い離職率につながっていると考える人は少なくありません。しかし、この通説も、客観的なデータによって再検証される必要があります。

公益財団法人介護労働安定センターが実施した調査によると、訪問介護員と介護職員を合わせた離職率は13.1%でした。この数値は、厚生労働省の「雇用動向調査」における全産業の平均離職率15.4%と比較して、むしろ低い傾向にあります。さらに、過去10年間の推移を見ると、介護職の離職率は低下傾向にあり、2014年度の16.5%から2023年度には13.1%まで改善しています。

この事実は、「低賃金だから人が定着しない」という単純な因果関係を否定します。介護業界の深刻な人手不足は、単に人が辞めていくからではなく、少子高齢化による要介護者数の爆発的な増加に対し、新規の介護職員の数が追いついていないことが根本的な原因なのです。介護を必要とする高齢者は増え続け、2040年には約57万人の介護職員が不足すると見込まれています。この人材不足は、職員一人あたりの業務負担をさらに重くし、負のスパイラルを生む要因となっています。

以下に、介護業界の離職率に関する具体的なデータをまとめます。

表2:産業別離職率の比較と介護職の推移

産業離職率(令和5年)
介護職13.1%
医療・福祉13.3%
全産業平均15.4%
宿泊業、飲食サービス業18.2%
生活関連サービス業、娯楽業20.8%
出典: 公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査」、厚生労働省「雇用動向調査結果の概況」

2.3 慢性的な人手不足の多層的な要因

介護業界の人手不足は、賃金の問題だけで片付けられるものではありません。この問題は、以下に示す複数の構造的課題が絡み合って生じています。

  • 身体的負担の重さ: 介護は身体的な負担が大きい仕事です。入浴や移動の介助は腰や膝に負担をかけ、慢性的な腰痛に悩む職員は少なくありません。特に夜勤は少人数で多くの利用者に対応するため、肉体的・精神的な負荷はさらに増大します。
  • 複雑な人間関係: 介護労働安定センターの調査では、離職理由のトップとして「職場の人間関係の問題」が挙げられており、その割合は18.8%に達します。職員間のコミュニケーション不足やマネジメントの課題が、離職の一因となっています。
  • 多様化する利用者ニーズ: 高齢者のニーズは医療的ケア、社会的な交流、趣味活動への参加など、年々多様化しています。画一的なサービスでは不十分なため、個々人に合わせたきめ細やかな対応が求められます。この多様なニーズへの対応は、職員一人あたりの負担を増やし、質の高いサービス提供を難しくしています。

3.1 見えにくい「命を預かる仕事」の緊張感

ひろゆき氏の発言に対し、一部の介護関係者は「現場を見たことがないのに語るな」と感情的な反発を覚えました。しかし、ただ反論するだけでは、社会に介護職の真の価値は伝わりません。重要なのは、「どう現場を可視化するか」という視点です。

介護職の専門性は、単なる身体的なケアの技術だけでなく、常に利用者の安全を最優先に考えるリスク管理能力にあります。認知症を持つ利用者の行動には予見が難しい部分が多く、転倒などの事故を完全に防ぐことは不可能に近い状況の中でも、職員は日々、最善を尽くす緊張感の中で働いています 19。また、単なる介護だけでなく、利用者の「尊厳」を守り、人生の最期まで寄り添うという精神的な側面も、介護職が担う重要な役割です。これらの見えにくい側面こそが、介護職を「誰でもできる」仕事ではなく、高度なプロフェッショナルな仕事にしているのです。

3.2 議論から「可視化」へ:現場の人間がすべきこと

介護職の真の価値を社会に伝えるためには、議論や反論だけでなく、現場から積極的に情報を発信していくことが不可欠です。たとえば、日々の業務で直面する臨機応変な対応、利用者との心温まる交流、そして命を預かる仕事の緊張感といった「実際の風景」を丁寧に伝えていく努力が、長期的な社会的評価の底上げにつながります。

また、「訪問介護は賢く働けば高賃金」といったポジティブな働き方の事例や、「介護は楽しい」というやりがいを発信することも、介護職のイメージを刷新し、新たな人材の流入を促す上で非常に有効です。

4.1 政策による賃金改善の取り組み

ひろゆき氏の「給料は上がらない」という見解に対し、国は公的制度の中で、介護職の賃金改善を図るための施策を進めています。その代表例が「介護職員処遇改善加算」です。

この加算制度は、介護サービス事業者が職員の賃金改善や職場環境の整備を行うことを条件に、介護報酬に上乗せして報酬を受け取れる仕組みです。2024年度の介護報酬改定では、従来の複雑な3つの加算が「介護職員等処遇改善加算」に一本化され、事務負担の軽減と加算率の引き上げが図られました 21。この制度は、介護職の賃金向上を目的とした重要な一歩であり、事業者はキャリアパスの整備や研修機会の確保などを通じて、この加算を取得することができます。

4.2 テクノロジーと人材育成の融合

介護業界の慢性的な人手不足を解決するには、技術革新が不可欠です。ICT化や介護ロボットの活用は、業務の効率化と職員の身体的負担の軽減に大きく貢献します。

たとえば、センサーやAIを用いた見守りシステム、タブレット端末を活用した介護記録ソフトの導入は、事務作業の時間を大幅に削減します。また、移乗や移動介助といった身体的に負担の大きい業務には、介護ロボットが有効です。これらの技術を積極的に取り入れることで、介護職はより専門的なケアや利用者とのコミュニケーションに時間を割くことができるようになり、サービスの質の向上にもつながります。

4.3 多様な人材の活用と評価

質の高い介護サービスを提供し、業界の魅力を高めるためには、多様な人材の活用と適切な評価が不可欠です。

介護福祉士だけでなく、理学療法士、作業療法士、栄養士、看護師など、様々な専門職が連携する「多職種連携」の体制を強化することで、限られたリソースを有効に活用し、利用者の多様なニーズに応えることができます。また、処遇改善、労働環境の整備、そしてキャリアパスの明確化は、新たな人材を呼び込み、定着を促す上で不可欠な要素です。専門性の向上や管理職への昇進が、明確な賃金アップにつながる仕組みを構築することで、介護職は将来性のある魅力的なキャリアとして認識されるようになるでしょう。

ひろゆき氏の「税金から出る仕事だから給料は上がらない」という見解は、介護業界が抱える最も本質的で、同時に最も議論が難しい「財源」という構造的な課題を端的に示していました。このシンプルな発言の背景には、介護報酬制度の仕組み、公定価格のジレンマ、そして社会の潜在的な意識といった多層的な真実が隠されています。

介護職の賃金問題は、「税金」という側面だけでなく、「専門性」への社会的評価の低さ、そして何よりも「高齢者人口の爆発的な増加」というマクロな構造から生じる、複雑な問題の結節点です。

ひろゆき氏の言葉を単なる批判の対象とするのではなく、これを機に社会全体が介護の「お金」と「価値」について、深く、そして多角的に考える機会にすることが重要です。データが示すように、介護職はすでに専門職としての道を歩み始めています。これからは、その価値を社会全体で再認識し、持続可能な未来を共に築くための行動が求められます。


ひろゆき氏の視点から紐解く | 日本の介護の現状と未来データ

データで見る日本の介護

ひろゆき氏の視点をきっかけに考える、介護の「今」と「未来」

はじめに:なぜ彼の言葉は注目されるのか?

ひろゆき氏の介護に関する発言は、しばしば「誰でもできる仕事」「給料が低いのは仕方ない」といった過激な表現で語られます。しかし、その背景には日本の介護業界が抱える構造的な課題への指摘が隠されています。ここでは、感情的な反発や無条件の賛同ではなく、データという客観的な鏡を通して、彼が提起する問題を検証していきます。

ポイント1:賃金は本当に低いのか?

ひろゆき氏が頻繁に指摘する「賃金の低さ」。介護職員の給与は、日本の労働市場全体でどのような位置にあるのでしょうか。全産業の平均給与と比較することで、その実態が明らかになります。

ポイント2:人の入れ替わり

14.3%
介護業界の離職率 (2022年度)

全産業平均の15.0%とほぼ同水準ですが、訪問介護員では15.5%とやや高くなります。労働条件や人間関係など、複合的な要因が離職の背景にあると考えられています。

避けられない未来:超高齢社会の現実

日本の高齢化は加速し続けています。それに伴い、介護を必要とする人の数と、介護サービスの需要は爆発的に増加。このギャップこそが、介護業界が直面する最大の課題です。

ポイント3:需要と供給の巨大なギャップ

2040年には、65歳以上の高齢者人口がピークを迎えると予測されています。一方で生産年齢人口は減少し続け、介護の担い手不足はさらに深刻化します。このグラフは、必要とされる介護職員数と実際の供給数の差を示しています。

ひろゆき氏の提言する「解決策」は現実的か?

彼は解決策として、外国人材の活用やロボット・テクノロジーによる代替を挙げることがあります。これらの選択肢が持つ可能性と課題を整理してみましょう。

🤖 テクノロジーの活用

可能性 (Pros)

  • 身体的負担の大きい業務(移乗、入浴介助)の軽減
  • 見守りセンサーによる夜間業務の効率化
  • 記録・事務作業の自動化による時間創出

課題 (Cons)

  • 高額な導入コストとメンテナンス費用
  • 職員へのIT教育・研修の必要性
  • 「人の温かみ」を完全に代替することは困難

🌏 外国人材の受け入れ

可能性 (Pros)

  • 深刻な人手不足の直接的な解消策
  • 多様な文化背景による組織の活性化
  • 国際的な人材交流の促進

課題 (Cons)

  • 言語や文化の違いによるコミュニケーションの壁
  • 資格制度や在留資格に関する複雑な手続き
  • 受け入れ施設側のサポート体制の構築が必須

結論:データを直視し、建設的な議論へ

ひろゆき氏の言葉は、介護という仕事を軽んじているように聞こえるかもしれません。しかし、データは彼の指摘する「低賃金」「人手不足」という課題が、紛れもない事実であることを示しています。重要なのは、彼の言葉に一喜一憂することではなく、データに基づいた客観的な事実を認識し、どうすれば介護職が専門性に見合った評価と待遇を得られる社会を築けるのか、建設的な議論を始めることではないでしょうか。

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