
〜厚労省の「議論の整理案」から読み解く、待ったなしの介護現場の変革〜
私たちが暮らす社会にとって、介護福祉サービスの安定的な提供は必要不可欠な生命線です。
しかし、少子高齢化が進む日本において、介護人材の確保は「待ったなし」の最重要課題となっています。厚生労働省の社会保障審議会福祉部会で議論された「福祉人材確保専門委員会における議論の整理(案)」(令和7年11月10日)は、この深刻な問題に対し、未来に向けた具体的な施策の方向性を示すものです。
本記事では、この議論の整理案の要点を分かりやすく解説し、私たちが今、取り組むべき変革の方向性について考察します。
1. 現状の課題:2040年に向けた深刻な人材クライシス
まず、資料が示す介護現場の「現在地」は、危機的な状況にあることが分かります。
- 介護ニーズの増加と担い手の減少:2040年には65歳以上の高齢者数がピークを迎え、介護と医療の複合ニーズを持つ85歳以上人口が増加します。一方で、現役世代である生産年齢人口(いわゆる働き手)は減少し、介護サービスを支える担い手の確保は喫緊の課題です。
- 必要職員数と人手不足の深刻化:2040年度には約272万人(2022年比で約57万人増)の介護職員が必要とされています。にもかかわらず、2022年には介護職員数が初めて減少に転じており、人材確保の難しさが伺えます。
- 有効求人倍率の異常な高水準:介護関係職種の有効求人倍率は、令和7年9月時点で4.02倍と、全職業平均(1.10倍)と比較して非常に高い水準にあり、地域によっては8倍台に達するなど、地域差を伴いながら全国的に厳しい状況にあります。
- 養成施設でも定員割れ:介護福祉士養成施設の定員充足率は58.5%に留まり、その半数以上を留学生が占めているという構造的な課題も抱えています。
2. 突破口①:地域全体で連携する「プラットフォーム」の構築
人材不足の状況には地域ごとに差があるため、国一律の対策だけでは不十分です。資料では、地域の実情に応じた対策を実践するために、都道府県が主体となって「介護人材確保に関するプラットフォーム」を構築する必要性が提言されています。
これは、単なる会議の場ではありません。市町村、ハローワーク、福祉人材センター、事業者、養成施設といった地域の関係者が一堂に会し、地域のデータを共有・分析した上で、協力して課題解決に取り組む(PDCAサイクルを回す)ための実践的な仕組みです。
公的機関による支援機能の強化や、関係者の活動を連携させるコーディネーター的役割の配置も提案されており、地域に根差したきめ細やかな人材確保・定着支援が期待されます。
3. 突破口②:多様な人材の活用と業務の専門性の明確化
介護人材を増やすためには、若者、高齢者、未経験者など、多様な人材の参入を促し、働きやすい環境を整備する必要があります。
- 魅力発信の強化:介護現場へのテクノロジー導入や、社会的課題への対応といった最新かつ的確な情報を、ターゲット層に合わせて発信すること。また、職場体験やインターンシップを通じて、実際の現場を理解してもらうことが重要です。
- 介護助手の活用:業務負担の軽減とサービスの質の維持・向上のため、介護の直接業務とそれ以外の周辺業務を明確に切り出し、周辺業務を担う「介護助手」の活用を一層推進するべきとされています。これは、単なる人手不足の解消だけでなく、介護職員の専門性を明確化し、質の向上にも繋がる重要な取り組みです。
- テクノロジー導入:業務負担の軽減、利用者と関わる時間の確保、介護の質の向上を両立させるための、テクノロジー導入を積極的に進めていく必要があります。
4. 突破口③:中核人材「介護福祉士」の専門性向上とキャリアパス
介護現場で中心的な役割を担う介護福祉士の確保・育成は、サービスの質を支える要です。
(1) 「山脈型キャリアモデル」の推進
これまでのキャリアパスが管理職への一極集中を目指す「富士山型」とされたのに対し、資料では、多様な道筋を示す「山脈型キャリアモデル」を参考に、中核的介護人材の役割・機能と必要な資質・能力を整理し、研修体系を整備するとしています。
山脈型モデルでは、サービス・経営のマネジメントだけでなく、認知症ケアや看取りケアといった特定のスキルを極める専門職や、地域全体の介護力向上を担う人材など、多様なキャリアアップの選択肢が示されます。
(2) 潜在・現任介護福祉士の活用
離職者(潜在介護福祉士)の復職支援に加え、現任の介護福祉士も含めた届出制度の拡充が提案されています。これにより、地域の介護人材の実態を把握し、個々のキャリアに応じた研修情報(プッシュ型での提供など)といったキャリア支援を充実させることが目的です。
(3) 国家試験義務付けの「経過措置」の行方
介護福祉士養成施設卒業者に対する国家試験義務付けの経過措置(令和8年度卒業者まで)については、資格の質の担保・専門性の向上(終了すべき)という意見と、人材確保・養成施設の入学者確保(延長すべき)という意見が対立しています。
資料では、この議論を「延長か否か」の二者択一で終わらせず、人材の質と量の両面を考慮し、養成施設の役割再整理(特に留学生の国家試験合格率向上のための日本語教育の充実など)とセットで必要な対応を講じるべき、としています。
まとめ:未来の介護を支えるために
今回の議論の整理案は、目の前の人手不足を解消する「量」の確保と、介護福祉士の専門性を高める「質」の向上という、二つの大きな課題に真正面から向き合った提言です。
「プラットフォーム」による地域連携、「介護助手」による業務の切り分け、そして「山脈型キャリアモデル」によるキャリアパスの多様化は、介護の仕事の魅力向上と、将来にわたって安心できるサービス提供体制の基盤を築くための重要な一歩となるでしょう。
この変革を成功させるためには、国や地方自治体による処遇改善や制度設計はもちろんのこと、現場の各事業所が主体的にテクノロジーを活用し、多様な人材を受け入れ、専門性の高いチームケアを実践していくことが求められます。



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