※本レポートは、GoogleGemini DeepResearchによる調査報告書です。
1. はじめに:介護人材不足と協働化推進の背景
日本の介護分野は、急速な高齢化の進展に伴い、深刻な人材不足という喫緊の課題に直面している。厚生労働省の推計によれば、2025年度末までに約245万人の介護人材が必要とされており、これは2016年度の約190万人から約55万人、年間約6万人の追加確保が求められる計算である。この人材不足は、介護サービスの質と量の維持・拡大に深刻な影響を及ぼすことが懸念されている。
この状況に対応するため、国は多角的な対策を講じている。具体的には、介護職員の待遇改善(介護職員処遇改善加算の反映など)、労働環境の整備、ICTや介護ロボットの積極的な活用、再就職準備金貸付制度や修学資金貸付制度といった人材確保策が推進されている。また、海外からの人材確保も検討されているものの、これには批判や不安も残る状況である。
限られた介護人材で介護の質と量の拡大を図るためには、介護職員の業務量負担を軽減し、業務効率化を進めることが不可欠である。この解決策として、単一の介護施設・事業所内での効率化に留まらず、法人の統合や連携による「介護経営の大規模化・協働化」が近年提案され、国を挙げて推進されている。大規模化・協働化は、サービスの質の向上や経営効率化の先進事例を収集し、他事業所への応用可能な情報を抽出・整理することを目的としている。特に、中山間地や離島など、個別の事業所では対応が困難な地域においては、この協働化が経営継続の鍵となり得ると考えられている。
政府の介護人材確保策は、単なる「人手不足」への対処に留まらず、労働環境、経営効率、サービス提供体制といった多角的な問題が複雑に絡み合っているという認識に基づいている。この認識は、個別の対策を講じるだけでなく、それらを統合し、相乗効果を生み出す「総合対策」へと政策の方向性を転換させている。特に、テクノロジー導入と協働化は、労働負担軽減と経営効率化を同時に実現する二本柱として位置づけられ、政策立案者が問題の根深さを認識し、より包括的かつ構造的な解決策を模索している姿勢がうかがえる。また、介護サービスの提供は地域密着型であるため、一律の政策では効果が薄いという認識も政策立案者側には存在する。このため、中山間・人口減少地域や大都市部といった「地域軸」を考慮した、よりきめ細やかな政策設計が求められており、インセンティブの設計も地域特性に応じた柔軟な対応が必要となるだろう。
本報告書は、深刻な介護人材不足に対応するため国が推進する介護事業の大規模化・協働化、特に小規模事業所が協働化する際に中核となる事業所に与えられるインセンティブ制度について、社会福祉連携推進法人以外の枠組みに焦点を当て、正確かつ詳細に調査・分析するものである。具体的には、厚生労働省の政策動向、関連する支援事業や補助金制度、そしてそれらが現場にもたらす効果と課題、今後の展望について考察する。
2. 介護事業所の協働化・大規模化に関する国の政策動向
厚生労働省は、2025年に向けた介護人材の確保を量と質の両面から進めるため、国と地域が連携し、「参入促進」「資質の向上」「労働環境・処遇の改善」の3つの対策を総合的・計画的に推進している。この取り組みの重要な財源として「地域医療介護総合確保基金」が位置づけられている。この基金は、介護人材確保に向けた総合的・計画的な取り組みを推進するために活用されており、都道府県や都道府県福祉人材センターをはじめとする地域の関係主体が高い意識と同じ方向感を持ち、多様な施策を有機的に連携させながら、実効性の高い取り組みを進めることを重視している。基金の法的根拠は「地域における医療及び介護の総合的な確保の促進に関する法律」に基づいており、都道府県計画・市町村計画と連携して運用される。基金は、介護ロボットやICT導入支援、小規模事業者の協働化支援など、多岐にわたる事業を支援している。
地域医療介護総合確保基金は、単なる補助金制度ではなく、国が地方自治体(特に都道府県)に介護人材確保・サービス提供体制強化のための裁量と責任を委ねるための戦略的な手段として機能している。基金の活用を通じて、各都道府県は地域の実情に応じた独自の計画を策定し、多様な施策を組み合わせることが期待されている。しかし、この裁量権の付与は、同時に地方自治体の実行力に依存する結果となり、その能力や財政状況の差が地域差として顕在化していることが課題として指摘されている。これは、国が政策目標を達成するためには、地方自治体の支援体制の強化や、予算配分の透明化といった、より踏み込んだ介入が必要であることを示唆している。
「社会福祉連携推進法人」は、複数の社会福祉法人が連携し、共同で事業を行うための法人制度であり、人材募集、合同研修、事務処理部門の集約などに支援が提供される。これは、社会福祉法人の合併時における優遇融資(福祉医療機構による)といった、より大規模な統合の支援策と並行して進められている。しかし、本報告書の関心は、社会福祉連携推進法人に限定されず、小規模事業所が協働化する際のインセンティブに焦点を当てている。
厚生労働省も、小規模法人のネットワーク化を進めたい意向を持っており、「小規模法人のネットワーク化による協働推進事業」を通じて、複数の社会福祉法人等が参画するネットワーク構築を支援している。この事業は、地域貢献のための協働事業、人材確保の取り組み、ICT技術の導入などを支援するもので、具体的な利用方法は各都道府県に問い合わせる必要がある。小規模事業所の協働化・大規模化は、単独経営の限界が報酬改定によって突きつけられる中で、経営基盤の強化、ICT導入による業務効率化、外国人材登用とグループによる育成スキームの構築に不可欠とされている。
「協働化」という言葉は、単一の形態を指すものではなく、法人の合併のような強固な統合から、共同購入や人材シェアリング、情報共有といった緩やかな連携まで、多岐にわたる形態を包含している。政策も、社会福祉連携推進法人という特定の法的枠組みだけでなく、より柔軟な「ネットワーク化」や「事業者グループ」といった概念を導入し、小規模事業者の多様なニーズに対応しようとしている。これは、介護業界の多様な事業体と地域の実情に合わせた、多角的なアプローチが必要であるという政策立案者の認識を示している。
3. 小規模事業所の協働化における中核事業所へのインセンティブ制度
厚生労働省は、より効率的な介護サービス提供体制の構築につなげるため、地域の事業所どうしの連携・協働を浸透させたい考えである。この構想は、2025年4月に公表された有識者会議の「中間とりまとめ」に盛り込まれており、2025年5月30日の会合で、次の制度改正や報酬改定も視野に入れて議論を深めていく方針が打ち出された。中核的な役割を担う事業所は追加のコストを負担するため、インセンティブを設けることで地域での取り組みを後押しすることが目的である。
インセンティブの対象は「中核的な役割を担う事業所など」とされており、厚生労働省は、中核的な役割を担う有力なプレイヤーとして社会福祉法人を想定しつつも、必ずしも社会福祉法人に施策を限定するものではないと説明している。この点は、ユーザーの関心に直接合致する。
中核事業所が主導することで期待される効率化や強化の内容は以下の通りである。
- 報酬の請求や記録・書類の作成といったバックオフィス業務の効率化
- 施設・設備の共同利用
- 物品の共同購入
- 経営基盤の強化
これにより、限られたリソースをより有効に活用できる体制を構築することを目指している。
「中核事業所」は、単なる規模の大小ではなく、地域におけるリーダーシップや調整能力を持つ事業所として位置づけられている。これらの事業所には、地域におけるネットワーク形成、情報共有、共同事業の推進、そして小規模事業所の経営改善を支援する「ハブ」としての機能が期待されている。インセンティブは、この新たな役割を担うことによる追加的負担を補償し、その機能を強化するための投資と捉えることができる。将来的には、中核事業所の役割が、単なる経営効率化だけでなく、地域包括ケアシステムの推進における多職種連携の要となる可能性も秘めている。
インセンティブの手法としては、以下の多様なアプローチが検討されている。
- 事業所への補助: 具体的な経費支援。
- 人員配置基準の弾力化: 連携・協働を前提とした人員配置の柔軟化。
- 税制の見直し: 協働化を促進するための税制優遇。
これらのインセンティブを通じて、地域全体での介護サービス提供体制の効率化と質の向上が期待されている。
政策立案者は、財政的インセンティブ(補助金)だけでなく、制度的インセンティブ(人員配置基準の弾力化)や経済的インセンティブ(税制優遇)を組み合わせることで、より強力かつ持続的な協働化を促そうとしている。これは、これまでの単一的な補助金政策だけでは、構造的な課題解決には限界があるという認識に基づいていると考えられる。様々な手法が検討されている状況は、まだ具体的な制度設計が固まっておらず、効果を最大化するための試行錯誤の段階にあることを示唆している。今後の議論の進展と、現場からのフィードバックが、最終的な制度設計に大きく影響を与えるだろう。
表1:中核事業所へのインセンティブ手法と期待される効果
インセンティブ手法 | 期待される効果(直接的) | 期待される効果(間接的・広範) |
事業所への補助 | バックオフィス業務効率化、施設・設備共同利用、物品共同購入 | 経営基盤強化、地域全体でのサービス提供体制の効率化、質の向上 |
人員配置基準の弾力化 | 業務効率化、職員の柔軟な配置 | 経営基盤強化、地域全体でのサービス提供体制の効率化、質の向上 |
税制の見直し | 経営基盤強化 | 地域全体でのサービス提供体制の効率化、質の向上 |
4. 具体的な支援事業と補助金制度の詳細
小規模事業所の協働化を支援するため、国は複数の具体的な事業と補助金制度を設けている。
(1) 介護テクノロジー導入・協働化等支援事業
この事業は、介護ロボットやICTなどのテクノロジーを活用し、介護現場の生産性向上を推進することを目的としている。日本の人口減少と介護需要増加の中で、テクノロジー活用による業務効率化と職員の業務負担軽減、ひいては介護の質の向上を目指す。この事業は、従前の「介護ロボット導入支援事業」と「ICT導入支援事業」を統合・再構築したものであり、小規模事業者を含む事業者グループが協働して行う職場環境改善の取り組みも支援対象としている点が特徴である。実施主体は都道府県であり、都道府県から市町村への補助も可能である。
「介護ロボット導入支援事業」と「ICT導入支援事業」が「介護テクノロジー導入・協働化等支援事業」に統合・再構築されたことは、政策立案者が単なる機器導入の支援に留まらず、その導入がもたらす業務プロセス全体の変革と、それを通じた人材定着・確保を重視していることを示唆している。特に「協働化」がこの統合された事業の名称に明記されたことは、テクノロジー導入が個々の事業所内で完結するだけでなく、複数事業所間の連携を前提とした効率化を目指していることを強く打ち出しており、政策がより複合的かつ戦略的な視点に立って再編されている証拠である。
①対象経費と補助率
生産性向上に資する介護ロボット・ICTの導入や更新費用が補助対象となる。加えて、小規模法人を1以上含む複数の法人による事業者グループが協働化等を行う取組も支援される。対象経費の具体例は多岐にわたる。
- 合同での人材募集や一括採用、合同研修等による人材確保、職場の魅力発信に必要な経費。
- 共同送迎の実施に向けた調査等に必要な経費。
- 職場環境改善等、従業員の職場定着や職場の魅力向上に資する取組に必要な経費。
- 合同研修や人事交流の実施等、共同での人材育成に必要な経費。
- 人事管理や給与制度、福利厚生等のシステム・制度の共通化に必要な経費。
- 加算の取得事務を含む業務の集約・共同での外部化に必要な経費。
- 各種委員会の共同設置や各種指針の共同策定等に必要な経費。
- 協働化等にあわせて行うICTインフラの整備に必要な経費。
- 協働化等にあわせて行う老朽設備・備品の更新・整備に必要な経費。
- 経営及び職場環境改善等に関する専門家等による支援に必要な経費。
- その他、本事業に必要と認められるもの。
補助率は、テクノロジー導入で最大1/2(上限額あり)であり、協働化等による職場環境改善事業は1事業者グループあたり最大1000万円(都道府県が設定)など、細かく設定されている。導入済みの機器は対象外であり、交付決定後の購入・支払いが条件となる点に留意が必要である。
②対象事業者グループの要件と申請プロセス
小規模法人を1以上含む複数の法人による事業者グループが対象となる 3。この事業は、地域医療介護総合確保基金における介護従事者の確保に関する事業に位置づけられている。申請は自治体を通じて行われ、基本的には「事前協議書の提出」「交付申請書の提出」「実績報告書の提出」「補助金の交付」という流れになる。事前協議書提出後、予算額の範囲内で選考が行われ、申請額が減額される場合もあるため、注意が必要である。導入計画書、機器カタログ、見積書などの提出が求められる。ICT導入においては、経営者だけの判断や現場への丸投げはうまくいかず、協力してくれる「人」の存在が不可欠であるとされている。
(2) 小規模法人のネットワーク化による協働推進事業
この事業は、複数の社会福祉法人等が参画するネットワークを構築し、地域貢献のための協働事業や、人材確保の取り組み、ICT技術の導入等を行う場合に支援を受けられる事業である。地域におけるサービスを確保し、複雑化したニーズに対応するため、協働化・大規模化等による経営改善の取り組みを推進することが目的とされている。支援内容は、地域貢献のための協働事業、人材確保の取り組み、ICT技術の導入等への支援が含まれる。この事業も地域医療介護総合確保基金の枠組みの中で実施されており、生産性向上の取り組みによる職場環境改善を図るための補助事業の一部として位置づけられている。
(3) その他、協働化を促進する関連補助金・支援策
地域医療介護総合確保基金は、上記の事業以外にも広範な支援を行っている。これには、介護実習受入施設・事業所への支援(実習指導者の手当相当額など)、潜在介護福祉士の再就業支援(研修、職場体験など)、管理者・介護職員に対する労働関係法規、休暇・休職制度、各種助成制度の理解促進のための合同説明会実施が含まれる。さらに、女性が働きやすい職場づくりのための相談やコンサルティング経費の支援、利用者情報のシステム登録・共有による事務負担軽減事例への支援も行われている。
また、高齢者福祉施設等施設整備費補助事業として、施設の創設、改築、増改築、増床、非常用自家発電設備、水害対策、給水設備、換気設備、防災改修等への補助も提供されている。地域密着型特別養護老人ホーム等の地域密着型サービス施設の整備費や、介護施設等の開設準備経費の助成も含まれる。
協働化を推進するために、国は直接的な共同事業への補助だけでなく、共同化によって発生するであろう周辺業務(人材確保、研修、事務処理、設備投資など)の効率化や負担軽減も包括的に支援しようとしている。これは、協働化が単なる「連携」に留まらず、事業所の経営全体にわたる「変革」を伴うものであり、その変革に伴う様々なコストや障壁を低減しようとする政策意図が読み取れる。また、施設整備や人材育成といった基盤整備も、長期的な視点で見れば協働化を可能にする重要な要素であり、政策が多角的な側面からアプローチしていることを示唆している。
科学的介護情報システム(LIFE)の活用も重要である。これは、自立支援等の効果が科学的に裏付けられた介護を実現するために必要なデータを収集・分析するデータベースであり、介護記録機器・ソフトやWi-Fi環境導入に地域医療介護総合確保基金から75%以上の補助を受けられる。LIFE関連加算の取得も推進されている。財政制度等審議会からは、介護サービスについて、業務の効率化や経営の大規模化・協働化を進めるため、障害サービスと同様に財務諸表等の財務状況の報告・公表を義務化すべきとの提言もなされている。これは、協働化の推進を財政的透明性の確保と結びつける動きである。
表2:主要な協働化・インセンティブ関連支援事業の比較
事業名称 | 目的 | 対象 | 主な支援内容(対象経費・補助率など) | 実施主体 | 関連基金 |
介護テクノロジー導入・協働化等支援事業 | 介護現場の生産性向上、業務効率化、職員負担軽減、介護の質向上 | 小規模法人を1以上含む複数法人による事業者グループ | ICT/介護ロボット導入・更新費用、合同人材募集・採用、共同送迎調査、合同研修、事務処理集約、ICTインフラ整備、老朽設備更新、専門家支援など。補助率:テクノロジー導入最大1/2、協働化事業最大1000万円/グループ | 都道府県(市町村への補助も可) | 地域医療介護総合確保基金 |
小規模法人のネットワーク化による協働推進事業 | 地域サービス確保、複雑化ニーズ対応、経営改善 | 複数の社会福祉法人等が参画するネットワークを構築する事業者 | 地域貢献のための協働事業、人材確保の取組、ICT技術の導入等への支援 | 各都道府県等 | 地域医療介護総合確保基金 |
高齢者福祉施設等施設整備費補助事業 | 高齢者施設の整備・改修支援 | 政令・中核市を除く定員30人以上の特別養護老人ホーム等 | 創設、改築、増改築、増床、非常用自家発電設備、水害対策、給水設備、換気設備、防災改修等への補助 | 兵庫県(例) | 地域医療介護総合確保基金 |
その他地域医療介護総合確保基金による支援 | 介護人材確保・定着、労働環境改善、経営基盤強化 | 介護従事者、介護実習受入施設、潜在介護福祉士、管理者など | 介護実習経費支援、再就業研修・職場体験、雇用管理改善説明会、女性向け職場づくり支援、利用者情報システム化支援など | 都道府県 | 地域医療介護総合確保基金 |
5. 協働化・インセンティブ制度導入による効果と課題
介護事業における協働化・インセンティブ制度の導入は、多岐にわたる効果をもたらすことが期待されている。
(1) 期待される効果
- 経営効率化: 報酬請求、記録・書類作成といったバックオフィス業務の効率化、施設・設備の共同利用、物品の共同購入、経営基盤の強化が期待される。共同購入や人材シェアリングなど、スケールメリットを活かした経営効率化は、特に小規模事業所にとって重要である。
- サービス質の向上: 業務効率化によって生み出した時間を直接的な介護ケアに充て、利用者と職員が接する時間を増やすことで、介護の質が向上すると考えられている。ICT活用により利用者情報管理が容易になり、より一人ひとりの状況に合わせた個別ケアの質も高まる。
- 職員の負担軽減: 介護ロボットやICTの導入により、見守りセンサーやコミュニケーションロボット等の活用で、限られた人材で効率的なケア提供が可能となり、介護スタッフの負担軽減に繋がる。例えば、介護老人保健施設での移乗支援ロボットと腰部サポートウェア導入により、腰痛による休職者がゼロになり、移乗介助の時間が1回あたり平均2分短縮され、1日トータルで約60分の業務時間削減を実現した事例も報告されている。
- 人材確保・定着: 働きやすい職場環境の改善、残業削減、休暇の確実な取得、教育・研修機会の充実など、職員への投資を充実させることで、職員の離職防止と職場定着が推進される。協働化による人材募集や一括採用、合同研修も人材確保に寄与すると考えられる。
これらの政策の成功を測る指標は、単に補助金の交付数や導入機器数に留まらず、具体的な「業務時間削減」「休職者数減少」「介護の質の向上」といった定量的・定性的な成果に移行していることがうかがえる。これは、補助金が単なる「ばらまき」ではなく、明確な「投資」として位置づけられ、その投資対効果が厳しく問われるようになることを意味する。協働化やテクノロジー導入の効果を可視化し、エビデンスを収集することが、今後の政策継続や報酬改定における重要な要素となるだろう。
(2) 制度導入・運用における課題
- 地域差と支援体制のばらつき: 地域医療介護総合確保基金の実施状況において、都道府県における支援体制や予算確保の状況にばらつきがあり、結果として支援の実施状況に地域差が生じていることが課題として指摘されている。
- 既存事業の連携不足: 既存の生産性向上に係る事業が多数存在するものの、実施主体や事業がバラバラであり、一体的に実施する必要があるという課題が指摘されている。
- 現場への浸透とリーダーシップ: ICT導入においては、経営者だけの判断や現場への丸投げはうまくいかず、協力してくれる「人」(No.2のような存在)が不可欠であるとされている。協働化を推進する上でも、中核となる事業所のリーダーシップと、現場の理解・協力が重要となる。
(3) 課題克服へのアプローチ
政策立案者は、制度や補助金を提供するだけでは現場での導入・定着が進まないことを認識しており、単なる情報提供や資金援助に留まらない、より実践的で継続的な「伴走型支援」の重要性を強調している。
- ワンストップ型相談窓口の設置促進: 全都道府県への設置促進(令和8年度末目標)により、介護テクノロジー導入や協働化に関する相談体制を強化する。
- 機能強化: 相談窓口の機能強化(令和8年度からモデル事業、10年度から全国展開検討)として、伴走支援、デジタル中核人材の派遣、小規模事業者のマッチング支援、間接業務効率化支援などが挙げられている。
- デジタル中核人材育成: 研修実施により、地域の事業者の伴走支援ができる人材を育成する。これは、現場のITリテラシーや業務改善ノウハウの不足を補い、協働化やテクノロジー導入の障壁を乗り越えるための重要な要素となる。政策が「ハード(制度・資金)」だけでなく「ソフト(人材・ノウハウ)」の側面にも力を入れていることを示しており、地域ごとのキャパシティビルディングが今後の鍵となるだろう。
- 優良事例の横展開: 「業務改善の手引き」改訂や「内閣総理大臣表彰・厚生労働大臣表彰」による好事例の周知を通じて、成功事例を広く共有し、他事業所の取り組みを促進する。
6. 今後の展望と提言
介護人材不足という構造的な課題に対し、国は中長期的な視点に立ち、継続的な政策改善と制度設計の最適化を目指している。補助金や制度の導入はあくまで「第一歩」であり、その効果を検証し、課題を特定し、改善策を講じるというサイクルを回すことで、より実効性の高い政策へと進化させようとしている。
(1) 介護保険法改正・報酬改定に向けた政策動向
2027年の介護保険法改正や報酬改定では、「ICT機器を活用した人員配置の効率化」「経営の協働化・大規模化の推進」「ケアマネジメントの利用者負担の導入」などが導入される可能性が高いとされている。特に、経営の協働化・大規模化は、法人間の合併や事業統合、共同購入、人材シェアリングなど、多様な形態での推進が強化される見通しである。令和9年度改定を見据え、テクノロジー等を活用した生産性向上の取り組みの効果に関するエビデンス収集(令和6・7年度)や、令和6年度介護報酬改定の効果検証・調査研究(令和7年度)が実施され、次期介護報酬改定等で必要な措置が検討される。
(2) テクノロジー活用とデータ連携の更なる推進
国は、介護現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)を強力に推進し、介護サービスを「データ駆動型」へと移行させようとしている。これは、単に業務効率化だけでなく、科学的根拠に基づいた質の高いケアの提供、地域全体でのサービス最適化、そして政策効果の正確な評価を可能にすることを目指している。
- ケアプランデータ連携システムの利用促進のため、1年間のフリーパス(無償期間)が設定される(令和7年6月~)。
- 令和8年度以降の介護情報基盤の活用を見据え、データ連携の対象となる帳票・計画書等の範囲を拡大する方針である。
- 電子申請・届出システムの使用を原則化し、介護保険法に基づく申請等と同時に行う老人福祉法に基づく申請・届出のオンライン化も推進される(令和8年度から全自治体で利用開始)。
- AIを活用した介護記録ソフトの実証(令和7年度)や、バックオフィス業務の効率化に資するAIを活用したICTソフトを導入支援の補助対象として明確化される。
データ連携の推進は、協働化の基盤となる情報共有を円滑にし、バックオフィス業務の効率化を加速させる。将来的には、介護サービス提供のあり方そのものが、データとテクノロジーによって大きく変革されることが予見され、これに対応できない事業所は競争力を失う可能性がある。
(3) 小規模事業所が協働化を効果的に推進するための具体的な提言
上記の政策動向と課題を踏まえ、小規模介護事業所が協働化を効果的に推進するための具体的な提言を以下に示す。
- 中核事業所の積極的な役割発揮: インセンティブ制度の活用を前提に、バックオフィス業務の集約、共同購入、共同研修の実施など、具体的な協働事業を主導することが求められる。
- ICT・テクノロジーの戦略的導入: 単なる機器導入に留まらず、業務フロー全体の改善を見据えたICT導入計画を策定し、導入後の効果検証と改善を継続的に行う必要がある。地域医療介護総合確保基金や介護テクノロジー導入・協働化等支援事業を積極的に活用すべきである。
- 地域内連携の強化と情報共有: 地域の他事業所との定期的な情報交換の場を設け、共通の課題認識と解決策の模索を進めることが重要である。地域のワンストップ相談窓口やデジタル中核人材の支援を積極的に活用することで、円滑な連携が期待できる。
- 多様な協働形態の検討: 法人合併だけでなく、共同送迎、人材シェアリング、共同での加算取得事務など、自事業所の特性や地域の実情に合わせた柔軟な協働形態を検討することが、持続可能な経営に繋がる。
- 人材育成と働きがい向上: 協働化による業務効率化で生まれた時間を、職員の教育研修やキャリアアップ、福利厚生の充実に充てることで、人材の定着と確保につなげるべきである。特に外国人材の活用においては、グループ内での育成スキームを構築することが、将来的な人材確保の鍵となる。
- 政策動向への継続的な注視: 介護保険法改正や報酬改定の議論、新たな支援策の発表など、国の政策動向を常に注視し、早期に情報収集と対応を検討することが、事業所の競争力維持に不可欠である。
政策と現場が連携し、共に学びながら進む「共創」の姿勢が、介護人材不足という困難な課題を乗り越え、持続可能で質の高い介護サービス提供体制を構築するための鍵となるだろう。
介護は深刻な人材不足から、大規模化や協働化を国を挙げて推進しています。社会福祉連携推進法人ばかりではなく、小規模事業所が協働化する際に、中核となる事業所にインセンティブを与える、という方法があることをどこかで見ました。この件について、正確さに期しながら詳細に調べてください。
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