ケアマネジャーは「公務員」であるべきか?——公金支出を担う「民間専門職」の危うさと価値

ケアマネジャーは、介護が必要な人々に対して、適切な介護サービスを提供するための計画を立て調整を行う専門職です。ケアマネジャーの仕事には様々なものがありますが、その一つに給付管理業務があります。介護給付費は、公金支出である義務的機経費であり、その業務を担う主体として、民間企業のケアマネで良いのか、といった意見もあります。

次期法改正での議論の中心の一つに、ケアマネジメントの利用者負担があります。結果として、実態として施設系サービスに近いサ高住や有料老人ホームなどのサービスに利用者負担が生じ、純粋な訪問系サービスは今まで通り利用者負担なしに落ち着きそうです。

そのケアマネジメントを担うケアマネジャーは、民間企業の社員でありながら、そのペン一本(ケアプラン一つ)で膨大な「公金」の支出を左右する権限を持っています。この特殊な立ち位置ゆえに生じる「行政権限と民間活力のジレンマ」について、今回は記事にしました。


「ペン一本」が動かす、巨額の義務的経費

日本の介護保険制度において、ケアマネジャー(介護支援専門員)は非常に特殊な立ち位置にいます。彼らは多くの場合、民間企業の社員ですが、その業務の性質は極めて「行政的」です。

今、改めて問われているのは、「一民間人が、これほどまでに公金(義務的経費)の行方を決める権限を持っていて良いのか?」という、制度の根幹に関わる疑問です。

介護保険の給付費は、自治体にとって「義務的経費」です。道路を作る予算(投資的経費)のように「今年は予算がないから作らない」という調整ができません。受給資格がある人がサービスを希望すれば、自治体は必ず支払わなければならないお金です。

その支出の「蛇口」をコントロールしているのが、ケアマネジャーが作成するケアプランです。

  • 要介護度に応じた限度額をどう使うか
  • 生活保護受給者の介護扶助をどう設定するか

これらを決定する権限は、実質的に現場のケアマネジャーに委ねられています。これは、生活保護のケースワーカー(地方公務員)が担うような「公権力の行使」に近い役割を、民間の専門職が担っていることを意味します。


民間ケアマネが抱える「利益相反」の懸念

ここで常に議論の的となるのが、「利益相反(コンフリクト・オブ・インタレスト)」の問題です。

ケアマネジャーが特定の介護サービス事業所(例えば自社の系列会社)に優先的に誘導すれば、それは公金の私物化に繋がりかねません。

  • 行政の視点: 適切な給付管理を行い、社会保障費を抑制してほしい。
  • 企業の視点: 自社のサービスを利用してもらい、利益を上げたい。
  • 利用者の視点: 最高のサービスを最大限受けたい。

この三者の板挟みの中で、民間ケアマネジャーは「中立公正」を求められます。しかし、身分が「民間人」である以上、会社の利益や自身のノルマから完全に自由でいることは容易ではありません。


なぜ、すべてを「公務員」にしないのか?

これほどの権限があるなら、ケアマネジャーをすべて自治体職員(公務員)にすべきだという意見も、過去にはありました。しかし、現状がそうなっていないのには理由があります。

  1. 機動力と柔軟性: 民間だからこそ、土日祝日の対応や、フットワークの軽い家庭訪問が可能です。
  2. 専門性の多様化: 医療、福祉、リハビリなど、多様なバックグラウンドを持つ人材を柔軟に採用できます。
  3. 行政コストの抑制: 数十万人規模のケアマネをすべて公務員化すれば、人件費を含めた行政組織が肥大化しすぎてしまいます。

「準公的な存在」としての覚悟と、社会的な担保

現在、ケアマネジャーは「みなし公務員(刑罰の適用などで公務員に準ずる扱い)」ではありませんが、その役割は限りなく「準公的な専門職」です。

だからこそ、研修の義務化や厳しい実地指導、さらには不正に対する罰則などが設けられています。しかし、責任と権限だけが重くなり、それに見合う処遇や法的地位が確立されていないことが、現在の「ケアマネ離れ」の一因ともなっています。


結びに:問われるのは「信頼の設計」

「民間企業のケアマネで良いのか」という問いへの答えは、まだ完全には出ていません。

しかし、生活保護の扶助や自治体予算の要を担う彼らが、単なる「サービス調整役」ではなく、「公金の適正な執行を監視し、マネジメントする番人(ゲートキーパー)」であるという認識は、社会全体で共有されるべきでしょう。

私たちが考えるべきは、ケアマネを公務員にするかどうかではなく、「民間という自由な立場を活かしつつ、どうすれば公的な信頼性を担保し、その重責に報いることができるか」という制度設計ではないでしょうか。

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