
現在、介護・障害福祉の現場は、かつてないほどの物価高騰と人手不足、そして2027年度の制度改正に向けた激しい議論の渦中にあります。2026年を迎え、介護・障害福祉業界は大きな分岐点に立たされています。2027年度の制度改正に向けた議論では、単なる「介護報酬の微増」ではなく、日本経済全体のインフレや人件費高騰をいかに報酬へ反映させるかという「コストプッシュ型報酬」への転換が問われています。
1. 介護報酬の「算定根拠」を再定義する
なぜ1時間4,000円〜4,500円が必要なのか
現在、訪問介護(身体介護30分以上1時間未満)の基本報酬は約3,900円〜4,000円(地域区分・加算含まず)ですが、この金額が「高い」という指摘は的外れです。福祉を「社会インフラ」として維持するためのコストを冷静に計算すると、むしろこの水準が最低ラインであることが分かります。
- 人件費率の壁:訪問介護の経営において、直接的な人件費率は約70%に達します。
- 稼働率の現実:サービス提供責任者を含む常勤職員の稼働率は、移動・事務・会議などを含めると実質60%程度が限界です。
- 社会保障負担:法人が負担する社会保険料や福利厚生費もコストとして加味しなければなりません。
- インフレ対応:エネルギー価格の上昇や諸経費増を転嫁する「コストプッシュ型」の視点が必要です。
これらをざっくり計算すると、事業を維持するための時間単価は4,000〜4,500円となります。厚労省も示す通り、報酬額は「その時間だけ」の対価ではなく、その「サービス類型(インフラ)」を維持するための運営費なのです。
出来高制から「包括制」への選択的導入
2027年度改正の焦点の一つは、人口減少地域や中山間地域における報酬体系の見直しです。従来の「入った時間だけ支払われる出来高制」では、効率が悪く維持できない地域に対し、「出来高制か包括制(月額定額など)か」の選択制を導入する議論が進んでいます。これは制度の柔軟性を高める重要な一歩と言えます。
2. 「受諾義務」と生活援助の報酬格差という歪み
介護保険法では、事業者は正当な理由なく依頼を断ってはならない「受諾義務」があります。しかし現実には、生活援助の依頼が敬遠されるケースが後を絶ちません。
その理由は明白です。生活援助の報酬は身体介護の約半分程度に設定されています。移動コストや事務負担が同じである以上、生活援助に偏るほど経営が圧迫される構造があります。社会インフラである以上、コストに見合った適正な評価、あるいは後述するような新しい「区別」の仕組みが必要です。
3. 日本経済の「崖っぷち」と福祉予算の限界
私たちが自覚すべきは、現在の日本経済が極めて厳しい状況にあることです。
- 三重苦の状況:インフレ・円安による物価高、労働生産性の著しい低下、金利上昇による国債利払い費の増大。
- 財源の構造:介護保険は費用の半分が公費(税金)、4分の1が保険料。障害福祉サービスに至っては全額が公費です。
現役世代の負担が限界に達している今、生産性向上を伴わない単純な報酬増額を勝ち取ることは困難です。「自分たちの給与は公費で成り立っている」という自覚を持ち、税金の無駄遣いを徹底して排除する意識が、業界全体に求められています。
4. 2027年度改正の論点:要介護1・2の「総合事業」移行見送りとその先
要介護1、2の生活援助を「総合事業(市町村事業)」へ移行する案は、今回も見送られました。これには二つの側面があります。
- 懸念:認知症ケアなどの専門性が欠如し、重度化を招いてかえって総費用が増大するリスク。
- 批判:将来世代へ負担を先送りしているという財務的な視点。
現場の実感として、重度化を防ぐ「専門的な身体介護」ができる事業所と、そうでない事業所の差は歴然としています。
【私見:義務的経費から裁量的経費への移行策】
個人的には、生活援助の報酬を身体介護並みに引き上げる一方で、「生活援助の提供比率が高い事業所」に対して減算措置を講じるべきだと考えます。
これにより、専門性の高い(身体介護や重度対応ができる)事業所を保護しつつ、事実上の「裁量的経費への移行」と同等の財政抑制効果を生むことができるのではないでしょうか。
5. 黎明期の苦悩を、次世代の「転換期」への糧に
2000年の介護保険法成立、2005年の障害者自立支援法(現・総合支援法)。これらの制度は、先人たちが「社会保障の必要性」を世に問い、手探りで築き上げてきた努力の結晶です。
今、制度は確立し、成熟期を迎えました。しかし、成熟したからこそ「予算の膨張」という課題が突きつけられています。
- 黎明期:制度を創り、普及させる時期
- 成熟期(今):持続可能性のために構造を「変革・転換」する時期
今この業界に身を置く私たちが、制度の歴史的背景を理解し、主体的に「変革」や「転換」に関わっていくこと。それこそが、黎明期を支えた先人たちに対する最大の敬意であると信じています。



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