
「介護の仕事は人手不足で、必要な人材が全く足りていない」。この言葉を耳にしない日はないほど、介護業界は慢性的な人手不足に悩まされています。運営基準上必要な業務はもちろん多岐にわたりますが、現場からは「本当にこれって必要なの?」と感じるような、いわゆる「ブルシットジョブ(無意味な仕事)」も少なくないという声が上がっています。特に、管理者や訪問介護事業所のサービス提供責任者(以下、サ責)が抱える業務の中には、生産性を著しく低下させているものが散見されます。
今回は、介護現場にはびこるブルシットジョブ、特にパワハラを伴うケースに焦点を当て、その実態と改善の必要性について考えてみたいと思います。
介護現場のブルシットジョブとは?
ブルシットジョブとは、人類学者のデヴィッド・グレーバーが提唱した概念で、「たとえそれが存在しなくても、誰も困らないばかりか、むしろ世の中がより良くなるような仕事」を指します。介護現場におけるブルシットジョブは、以下のような特徴を持つことが多いでしょう。
- 形骸化した報告業務や会議: 誰のためになっているのか不明な報告書の作成や、意思決定がされないまま時間だけが過ぎる会議。
- 過剰なノルマ設定と管理: 根拠のない目標設定や、達成度合いばかりを追い求める不毛な管理業務。
- 意味のない資料作成: 一度も活用されることのない資料作成に時間を費やす。
- 無駄な二重チェックや手戻り: 信頼関係の欠如からくる過剰なチェック体制や、指示の不明確さによる手戻り。
これらは一見すると業務の一部に見えますが、本質的な介護サービスの提供には何の貢献もせず、むしろ現場の負担を増やし、職員のモチベーションを削いでしまいます。
管理者・サ責にのしかかるブルシットジョブの実態
特に管理者やサ責は、事業所の運営と現場の橋渡しという重要な役割を担っているため、ブルシットジョブのしわ寄せを受けやすい立場にあります。
パワハラ上司による「無駄」の増幅
生産性低下を招くブルシットジョブの中でも、特に深刻なのがパワハラ上司の存在によって生み出される無駄な仕事です。
- Aさんの事例:膨大な「意味のない」資料作成
ある訪問介護事業所のサ責であるAさんは、毎日のように管理者から「今日の業務報告書をA4用紙3枚にまとめて提出しろ」と指示されていました。内容は、担当した利用者の身体介護・生活援助の実施内容、特記事項、さらには職員間の申し送り事項まで多岐にわたります。しかし、この報告書は管理者が目を通している形跡もなく、事業所内で共有されることもありませんでした。Aさんは本来、ケアの質の向上やヘルパーの育成に時間を割きたいにもかかわらず、毎日2時間以上をこの報告書作成に費やしていたのです。これは、管理者が「管理している」という体裁を保つためだけに課している、典型的なブルシットジョブでした。 - Bさんの事例:終わりのない「詰め」の時間
別の事業所で管理者をしているBさんは、経営者から「なぜ残業が多いのか説明しろ」と毎日のように「詰め」を受けていました。経営者は具体的な改善策を示すわけでもなく、ただ精神的に追い詰めるだけでした。Bさんは、残業時間を減らすための業務改善に取り組むどころか、経営者に言い訳をするための資料作成や、夜遅くまで経営者の「説教」に付き合わされる時間が増え、ますます残業時間が増えるという悪循環に陥っていました。
これらの事例は氷山の一角です。パワハラを伴うブルシットジョブは、単に時間を浪費するだけでなく、職員の心身の健康を蝕み、離職の原因にもなりかねません。
ブルシットジョブをなくし、本当に必要なケアに集中するために
介護現場におけるブルシットジョブをなくし、生産性を向上させるためには、以下の取り組みが不可欠です。
- 業務の「見える化」と「棚卸し」: 現在行っている業務をすべて洗い出し、「本当に必要な業務か」「より効率的な方法はないか」を徹底的に議論する場を設ける。
- 目的意識を持った情報共有: 報告や会議の目的を明確にし、情報共有の手段や頻度を見直す。ITツールを活用し、効率的な情報共有を目指す。
- 役割と権限の明確化: 各職員の役割と権限を明確にし、不必要な二重チェックや責任の押し付け合いをなくす。
- 心理的安全性の確保: 上司が部下の意見に耳を傾け、失敗を恐れずに業務改善を提案できるような、心理的安全性の高い職場環境を醸成する。パワハラは論外であり、毅然とした対応が必要です。
- ITツールの積極的な導入と活用: 記録、情報共有、シフト作成など、煩雑な業務を効率化するITツールを積極的に導入し、その活用方法を職員全員で習得する。
介護の仕事は、利用者の生活を支え、尊厳を守る、非常にやりがいのある仕事です。しかし、無駄な業務に忙殺されていては、本当に必要なケアに集中できません。管理者や経営者は、現場の声を真摯に受け止め、ブルシットジョブを徹底的に排除することで、職員が働きがいを感じ、利用者が質の高いサービスを受けられる環境を整える責任があります。
私たちが目指すべきは、介護が必要な方々が安心して暮らせる社会であり、そのためには介護のプロフェッショナルがその能力を最大限に発揮できる職場環境が必要です。ブルシットジョブの排除は、その第一歩となるでしょう。
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